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邪神の弁当屋さん 4巻
物語を読み終えて、レイニーって名前が作品の雰囲気にぴったりで凄くいいなあとまず思いました。しっとりとした雨が降り注ぐようなリズムと共に寂し気な暗さが全体に漂ってるんですよね。お弁当要素がメインだと思っていた1巻の時代はとんと感じなかったんだけど、シリアスに振り切っていくに際してどんどん仄暗くなっていくんだよ雰囲気が。でも絵柄の可愛さとコミカルな間の取り方でそれを中和している。テーマ自体はホンマ重いと思う、この作品。
っていうか「愛だよこれは~~~!!!」という私の常套句しか言えなくて困っているんだが!?作中でもさんざ〝愛〟って単語が出てくるからこの感想を抱くのは合ってるんだけどさあ!普段すぐに「これは愛!」「これも愛!」ってガバガバ判定で涙腺を緩ませているので……なんかこう…………言葉が軽くなってしまってる気がする……!!でも愛なんだ……とても広い意味で……とても……。
愛といえば。3巻で突如として現れたパメラさんに対して「もしやレイニーとライラックを性愛の方向で進めるための示唆か……?」と警戒していたんですが、ただそれだけじゃなくてナタリオ殿下に対して大事なエピソードを進めてくれる子だったんですね。ライラックとイーゼルだけではナタリオ殿下の心は解けなくて、彼女が魂の半分を回収しに来てくれる事にはならなかったと思うので。なんで今ここにフォーカスを、と初読で思ってゴメンな……。
人間の心のスキマから生まれた化け物が人間を食らう事で心を知り、半化生の神様となった。そしてその愛を知らない化け物は愛の神様に愛を与えて貰って、他を慈しむ心を知る。でも自分にそれを教えてくれた神様は消えてしまって、だからもう〝自分の愛〟がいない世界から消えてしまいたい──というのがレイニーのバックグラウンド。ほうら愛の話じゃないか。
与えられて失って、誰かに与えて、それが還ってきて、愛とは何ぞやと自問自答した時に出た答えが素朴で好きでした。ダリアにライラックと共に過ごす日常に対して「>これが愛なら良いのに」と。
ライラックからソランジュへの愛、ダリアからソランジュへの愛、イーゼルが兄弟に向ける愛、パメラがナタリオに向ける愛、クグロフさまが人に向ける愛、ぜんぶ違ってぜんぶ良い。でも創造主さまがソランジュへ向ける愛だけは「それは違う」と。「>私を愛しているなら食べさせてくれ」という矛になったの、邪神ジョークって感じで良かったです。
そう、今作の創造主さま、あまりにも精神性がバブでいかにも神様~~!!!って感じが好きですね私!!超越したところにいるから人の気持ちが分からない化け物スレスレの神様好きです。でもそれにしたって謹慎が20年ちょっとって短すぎませんか?こらえしょうない。
あとねえ、クグロフさま格好良くて良かったですよね……。良かった……2巻の頃から目を付けていて……。ひょうひょうニコニコした男(神様に性別はない)が、いざという時に頼り甲斐があるのハチャメチャに好きなので。創造主さまに物申す時に手が震えてるのがグッド!口元笑ってるのに手が震えてるの愛おしすぎ。
おまけエピソードでキャラのやり取りがたくさん見れたの嬉しかったな~!作者様がキャラを愛しているのをすごく感じた。こういうわちゃわちゃはなんぼあってもいいですからね。クグロフさまはセクシー担当把握です。おてての仕草とかちょっとオネエですもんね。あとチュンちゃんはやっぱり良きものです。コケ。
「>ライラックという男は生涯独身であった」っていうモノローグでいろんなものを説明してくれてるの強いなあと感心しました。ライラックがレイニーを恋愛対象として好きだったこと、近い将来レイニーが神様に戻ってしまうこと、それがこの一文で分かる。直接的に言わないからこそ染みるというかな……。
私がよく言う言葉に「食べることは生きること」っていう文言もあるんですが、この作品はそうじゃないなっていうのは1巻の感想時点で言ってて。どっちかっていうと「生きているから食べるんだ」の方向性ですよね。食が細かったダリアも、生への活力を見出してからいっぱい食べだしたもの。食べる=命を繋ぐ=愛と生の話なのは分かる。
邪神の弁当屋さん 1巻感想より
この感想わりと的を得ていないか?当時言葉を残しておいてよかった、なんかすごいしっくり来てる。
冒頭で作品の雰囲気を雨に喩えたように、静かにまったりと楽しんだ作品でした。心のスキマにギュッと詰めてまた開きます。
邪神の弁当屋さん 4巻
(イシコ)
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